熊本応援の旅  3

6月に さださんの児童書 『おばあちゃんのおにぎり』  『ふうせんのはか』  『23時間57分のひとり旅』  の三種類の本を西原村と益城町の小学校7校に贈るという活動をしました。
復習しましょう
http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=5140

その中の3校からお返事を頂きました。
その3校に絞って行くことにしました。

阿蘇から熊本市内へ帰る道順で行きました。

震災から丁度7ヶ月目にあたる14日でした。
どの小学校も、初めは怪訝な感じでした。
そりゃあ当たり前ですよね。
見ず知らずの人が事前連絡もなく突然訪ねていってるわけですから。
児童書の件をお話すると直ぐに思い出して下さる場合とそうでない場合がありました。
全国各地から数えられないほどの物が届けられたり、人々が支援に駆け付けたりしたことだと思います。
ひとつひとつ覚えている事は出来ないでしょう。

でもお話していくうちに 、特にさださんのお名前を出すと、とても好意的になりました。
初めは警戒していらっしゃたのかもしれません。当然のことです。

私達の想いは拙い私の言葉でお話しました。
十分語ることが出来ていないのですがご理解頂きました。
3校とも 「こうして忘れずに来て下さるだけでも嬉しいです。」と

お届けしたのは、 さださんの 「さだまさし 童謡唱歌を歌う」CD

618dIh9Q0SL.jpg

「SMAILE AGAIN」 の掲載された中学校の音楽の教科書と合唱用に渡辺さんが編曲した楽譜。
音楽教科書


http://fish2423.blog63.fc2.com/blog-date-20160412-1.html

中学生用のものですが、曲が作られた雲仙普賢岳災害の話も福岡の中小企業の方がCDを制作した話もきちんとしましたところ、興味を持って下さいました。
「音楽の先生に言って歌うようにさせます」 という言葉まで頂きました。

童謡唱歌のCDは「給食の時間に音楽を流す時間があるので、その時に流します」 と。


西原村立 山西小学校

山西小学校 (5)
校長先生は「さださんは誰よりも早く来てくださいました」と。
その時のサインです。
山西小学校 (1)

山西小学校 (4)


西原村から益城町立津森小学校へ向いました。益城町に入った途端景色が一変しました。
ブルーシートを被った家が急に増えてきました。
後でお聞きすると、私達の通った場所は、一番被害の大きくて片付いていない場所を通って来た事になってるそうです。

それにしても、胸が詰まる様子でした。

益城町津森小学校 (2)
益城町津森小学校 (3)

益城町津森小学校 (4)

益城町立津森小学校

津森小学校の側を流れる木山川の岸はこの様で痛々しい様でした。
益城町津森小学校 (5)

益城町津森小学校 (7)
益城町津森小学校 (8)

子供達はやっと落ち着いて来たそうです。
しかし、生活環境は厳しい様で3割くらい子供達が仮設住宅からバスで通っているそうです。
自宅再建は急には出来ませんよね。


益城町立広安小学校

次にお邪魔したのは、さださんがキュウブカステラとどら焼きをお届けした時の写真をネット上で何度か見た 益城町立広安小学校です。
児童数765名の大規模な学校です。

益城町広安小学校 (4)
益城町広安小学校 (6)


避難者の数も多く、一時は大変だったそうです。
教室全てが避難所となり、運動場には車中泊する車がいっぱいでした。

秋になりやっと子供達も落ち着きを取り戻し、整備された運動場で運動会が9月24日行われました。
http://www.asahi.com/articles/ASJ9S4V5GJ9STLVB003.html

避難所にいらっしゃった方も招待して子供達の元気な姿や笑顔をとても喜んで頂いたそうです。

ここは校内を校長先生が案内して下さいました。
これが小さな子供達が毎日通っている学校内です。

ズレてるのが分かるでしょ。
益城町広安小学校 (8)
益城町広安小学校 (18)
益城町広安小学校 (16)

体育館も見ただけでは普通に建っていますが、床が波打ってるそうです。

校内あちらこちらがこんな風でした。

益城町広安小学校 (11)
益城町広安小学校 (19)
益城町広安小学校 (13)
益城町広安小学校 (9) 益城町広安小学校 (12)

これほど大きく段差が出来ていることが分かりますか?
本来ならば白くみえる部分の所の下の端からが床です。
益城町広安小学校 (15)

まだまだ手付かずの部分も多いということです。

でも子供達は運動会をきっかけになんとか元気になったそうです。
それまでは、眠れなかったり、親の元を離れなかったり、イライラしたり、色々あったそうです。
スクールカウンセラーの活躍もあって徐々に落ち着いていったそうですが、ここも仮設住宅から通ってる子が沢山います。
また転校した子も・・・・

最後に広安小学校の先生が仰った言葉が、全ての教師のみなさんが子供達に伝えている言葉だと思います。
「君たちが経験したことは、とてもつらく、悲しく、悔しくて、嫌な経験でした。、もうこんな経験は二度としたくないけれど、この経験で全国の皆さんから温かい贈り物や言葉を頂きました。
それに対して、君たちが出来ることはそういう人に物で返すことは出来なくても、感謝の想いを持ち、元気で明るく頑張ることで返すんだよ」 
と子供達に話しています。

「何か細やかでも私たちに出来ることがありましたら」 とお訊ねしたら

「こうして忘れずに訪ねてきて下さるだけで十分ありがたいです」 とおっしゃいました。

何も出来ませんが、行ってよかったと思いながら、熊本市内のホテルへ向いました。




追記
薔薇さんの運転する車の助手席で、窓越しに撮ったので、この程度のレベルで残念です。
少しでも伝わればと動画を撮ってみました。
道路は必要なので綺麗に舗装出来ていてスムーズに走れます。
通った道路沿いしか観ることが出来ていませんが、更地が多いことにびっくり。
市内に向かう道も両脇に更地ばかり。
倒壊した建物は取り払われていることが分かります。
でもまだ新築出来ているわけでは無いようです。
更地一つずつ事情が分かりませんが、そこにまた新しい建物が建つのかどうかも知りませんが、これからが大変だなあと思いました。


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No title

お疲れ様でした。
なかなか進まない復興に、胸を詰まらせたことと思います。
東北の震災は、仙台市の中心部はほぼ、復興しているので、
もう震災は収束したように思いますが、ようやく移転した方がいるくらいですので
5年8ヶ月でもこのような状態ですので、熊本の道程はまだまだかかると思います。

津森小学校前にある大きな黒い袋は、震災ごみです。
たぶん、最終処分地が決まっていないので、学校の前に
野積みされている状態だと思います。
これがすっかり片付くころ、復興が進んで来たと言えるのでしょう。
今の段階では復旧も進んでないようで胸が痛みます。

自分たちで出来る応援には限界があるし、ままさんたちのように
熊本に直接足を運んでの応援は出来ませんが、校長先生が仰ったように
忘れないで応援し続ける
ことが大切だと思います。

代表して行って下さって本当に本当にありがとうございました。

ままさんこんにちは。
胸が詰まる写真と文章ですね。
福島もそうですが、テレビから入る情報は、あっというまに小さくなって、少しづつ忘れられていきますね。
ままさんの行動をしっかりサポートしていきますよ!お疲れ様でした。
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