二人会 2017 レポ VOL2

【トーク&ライブ  レポ】

いよいよ始まります。
ツアーコンサートと違って一人ですから、ステージ上にはギター一本。
右手側に 二部で使用する机と椅子が置かれています。

先ず CRAZY TVの藤村さんのご挨拶
藤村「第二回二人会を開催できまして関係者皆様に感謝いたします。
今回は風に立つライオンの映画を見てもらうだけだと思っていたら、1分でも長く触れ合う方が良いと思い、トーク&ライブという事になりました。後半には大沢さんが登場します。前半はさだまさしさんがまた面白いお話をたっぷりと聞かせてくれると思いますのでどうかお楽しみ下さい。
夏には高校生アワードを行いますので関心を持って応援していただきたいと思います。
この風に立つライオンという映画はライオン基金財団を作るきっかけになったものですから、今日は楽しんでいただけると思います。」


さださん登場!
例の笹模様の(笑)ジャケット。

みなさんこんばんはさだまさしです。
今日は私一人なのでじっくりと差し向かいで聴いて頂くことにします。
初めは映画を見て頂く事にしていましたが、二時間上映して、トークしてたら終わるのが11時くらいになるので、それは出来ませんでした。
藤村は高松の人で、かつて私がアイドルのグレープだった時に初めて高松に来たのが、高松一高の文化祭だったんですが、その文化祭でグレープを聴いていたんです。
今は生さだなどを制作しているCRAZY TVというTV制作会社をやっています。
それから高松といえば「翔べイカロスの翼」のロケで来ました。
ライオン基金四国支部が二人会をやってくれてるんです。
昨年はあの騒ぎの(笑)真っ只中に皆さんの温かい拍手の中行うことが出来ました。
後半は素晴らしい大沢さんとの話を聞いて頂きます。


案山子

今年は一人でした。20分かからなかったなあ・・・・・・(昨年を思い出してしまって笑いそうになります)


ライオン基金立ち上げのきっかけになったのはこの映画なんです。
海外で頑張ってるお医者さんを応援してるんです。
ケニア、スーダン、ミンダナオ島様々な所で日本人が頑張っています。
そういう人を応援したいんです。
おかげさまで一億近いお金が集まりました。
友人からは「やるのが遅すぎた」と言われるんですが、それまで借金をしてたのでねぇ・・・
立ち上げたら疑われるでしょ!

水害が起きた後直ぐに常総市に行ったんです。
泉谷しげるさんが付いて来て「被災者の野郎」 とか言うんですよ。
あの人口は悪いけれど人は良いんですよ。
避難者の人に贅沢なものを食べさせてあげようということで、ステーキと金目鯛を食べてくださいと市長に渡したの。
そしたら泉谷さんったら、「てめえが使うんじゃないぞ!ちゃんと食ってる写真送れ!」って。
泉谷さんがいてくれるから、いわなくても良いことも伝わる(笑)

熊本に震災があって、倉吉も酷い目にあいました。
そういうところに行くとさだまさしを有名にしてもらった理由がわかるの。
「さだまさしが来た」って、被災者の方が喜んでくれる。
さだまさしにしてもらったのはこういう時の為だと思うんです。
「誰くるの?、さだだったら行こう!話が面白そうだから」と。
これは僕の仕事だと思う。

故郷に帰れない人、福島の浪江とかの人が案山子を聞くと、「帰りたくても帰れないんだ~」って。
前の方に座ってる人なんか ♪お金はあるか? ♪って言ううと  「無い!」って。

僕の故郷は長崎という小さな町です。


紫陽花の詩

これ18くらいで書いた。 隠せない才能です(笑)
精霊流しは21で書いた。
長崎で生まれたってことが、江戸っ子気質を持ってる。
長崎はポルトガルがここは良い入江だと選んで、鎖国の時代にも長崎だけは開かれた。
何でも長崎発祥というのがある。
明治維新も長崎から、原爆が落ちた数奇な運命の町です。

僕は天才だったの。照れくさいけど。
バイオリンで毎日音楽コンクールで二年連続で入賞して、このコンクールに入賞するって事は全国のベスト10に入るってことですからね。
東京に出て、監視役がいなくなると挫折して行く。挫折の果がこれだからまあいいよ。
前橋汀子さんは17歳でレニングラード音楽院へ留学したんです。
これはどういうことかというと、チャイコフスキーの後輩になるんです。
その前橋さから、「挫折してよかったね」って言われたんです。
詳しくは「ちゃんぽん食べたかっ」を読んで下さい。


トーク「23時間57分の旅」

このお兄さんに出会わなかったら僕の人生はどうなってたんでしょう。
親切というのはそこまでしてこそ親切なんだと教わった。
そのお兄さんが大学生でした。
日本にはまだそういう温度が残っていた。
あのお兄さんに出会わなかったどんな人になっていたんだろう。
マイファースト の国になってしまった今


あの時母は事情をきいてはらはら泣いて「あんた、そんなことしてはいかん!直ぐ返さないかん!」と。
お金はないのはわかってるので、親戚に少し余分に借りて、福砂屋のカステラを持って返しに行った。

人に対する向い方が違ったかもしれない。


恩は着るもの着せるものではない。
着たものは返さなきゃいけない。
有名にしていただいたのだから返すのが今の仕事だと思ってる



精霊流し

なんとバイオリンを弾かないので、イントロバイオリンの部分をハミングで歌われました。
初めて聴いた気がします。
ギターを置きに行きます。


喋る時にはギターを置くことにしてます。
ギター漫談にしか見えないって言われましたから。
きみまろより面白いとか。勘違いする人がいるんですよ。
私は歌手ですよ歌手!(笑)

昨年文枝師匠の時、始まったらなんて言おうかと思ってました。
そこでつい 「幾多の困難を乗り越えて・・・・・」って言ったら、お客さんの拍手が起きて、ホッとしたんです。
それで文枝師匠も自虐ネタに入っていったんです。
「さださんのコンサートにフェスに行きましたよね。家内と二人で。思えばあの日が幸せの絶頂でした」 (笑)(笑)
後で「まっさんのお陰で支えられたよ」と言ってました。
文枝さんとは ヤンタン東京から支えてくれましたから。
ハイ!今日は何の問題も無いです
(笑)(笑)

大沢さんはまだ出しませんよ。
「ちょっとだけ?」ストリップじゃないんだから
(笑)

(チューニングしながら)

ギター1本でダラダラ歌うのもいいでしょ! 
これ、フィンガーピック、金属です。
自分で指に合わせて曲げて作るんです。
色もつかず
(照明のこと) 道具もなく、こんなに一人なのはライオン基金だけです。
お金が沢山欲しいのです。
(経費を使ってないってことですね)
何もないのが良いんです。綺羅びやかにするのは無駄なんです。(拍手)
優しいわ~~高松の人!
沢山使えるお金を増やしたいのです。
募金箱を抱えたスタッフは重いものが持てないのです。身体が弱いのです。
小声で
だから 軽いものを・・・・・・・ むにゃむにゃむにゃ・・・・・・・

四国支部頑張っています!
身体の弱い人が募金箱持っています。

誰でも何処かで助け合いたいと思ってる人がいます。手伝いたいけれど年を取ったら行けないし・・・とイライラするんです。
大丈夫若い人が行く!
あなたが行けない分僕らが頑張るからとお伝えしています。


秋桜


大沢くん早く見せたいところですが、まだ見せない。
期待が高まれば高まるほど良いんです。
音楽と笑いは私で、ビジュアルは大沢くんです。

大沢くんと初めて会ったのは”解夏” 次は”眉山” 幸せだった。
あんないい男が来てくれると。
どこから来ても大沢たかおです。
私もどこから来てもさだまさしです(笑)
そのへんは「あうん」の呼吸で、ここで温めておいて大沢くんですからね。
それでこれ・・・
関白宣言

(途中で)
三歩下がって師の影を踏まずと言うのが今では、あけすけです。
正直なんじゃなくて、はしたないんです。文化が壊れちゃいます。
旦那さんより先に寝ては行けない。後に起きては行けない。と教えなきゃいけないんです。
今の娘に先に寝るな、後に起きるななどというと 「意味わかんな~~~い」
幼稚園児が年取ったみたいな言い方だ。
また男は男で、「マジッすか?マジッすか?」
そんなのが子供だけは作る。馬鹿が子供をつくる。

僕の知り合いのお医者さんが言うんです。
「よう喋る奥さんの旦那はたいてい無口なんだ」
医者「体調はどうですか?」
患者の奥さん「先生聞いて下さい、この人ったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


(ここで旦那の受診に付いてきたよう喋る奥さんとお医者さんそして無口な旦那をさださんが演じます。これはもう名人芸でした。
文字起こしできません)

割れ鍋に綴じ蓋で出来てる。お互いに思いやりがあれば良いんだけどね。


関白失脚


【第二部】

(先ずはダイジェスト版の映画「風に立つライオン」 の上映8分くらいです。
さださん登場
(大沢たかおさんを呼びます)

大沢さん爽やかに登場。
真っ白なTシャツ、鮮やかな真っ赤なロングカーデイガン。
こういうのが似合う人はそうはいませんよね。
我がうどん県の副知事さんもかっこいいです。
PRに頑張ってくださっていますが、ちょっと違うかな?
DSC_6724.jpg


さだ「今から何年前だったかな?まさしんぐワールドコンサートの時に「小説書いてくださいよ」って言われたんだね。
それから3~4年経って本気で書く気があるんですか?と叱られた」

大沢「怒ってはいませんよ。13年前に解夏で主演をさせていただいて、その時にさださんの歌を色々聞いたんです。その時に風に立つライオンが心に残っていて、また眉山で声をかけて頂いてその時にあらためてまた聞き直したんです。
やっぱり風に立つライオンが心に残って、主人公の人生を思うようになったんです。どんな人だったんだろう?どんな人生だったんだろう?
でも分からない。
編集者の人(舘野さん)に訊くのですが分からないという。
舘野さんは「直接大沢さん、さださんに訊いてくれないか?」というんです。

訊くったって、電話番号も知らないし、パイプが小さいので。
そんな時にファンクラブのコンサートがあるって、誘っていただいたんです。

これは自分の力でちゃんと訊こうと思って、NHKホールへ自転車に乗って行ったんです。
そしたら入り口で、断られて、入れてくれない。
出る人間ですって言っても入れてくれない。」

さだ「そりゃあ ゲストが自転車で来ないでしょ。」

大沢「自分の力で入りたかったので・・・・」(大沢さんの人柄が分かるエピソードですね)
大沢「やっと分かってもらえて、自転車はそっちに止めてくれって言われて。」

さだ「僕のファンクラブなのに、大沢さんにキャーキャー言って」

大沢「それから更に3年くらいたって、呼ばれたんです。少し書く気になって来たって。それからまた2年待たされました」

さだ「アフリカに巡回医療に行った医者のことを書くには分かりやすく病気のことを説明する勉強が必要でそれに半年くらいかかったからね。」

さだ「このうた20歳の時に作ろうと思った。今から18年前(嘘つき) ナクールへ出かけた医者と出会った。
30歳そこそこだったと思う。その人の話が素晴らしくて、書こうと思ったんだけど書けなかった。
15年かかってやっと書いたんだけど、丁度バブルに向かう頃でお金しか興味がない時代でした。
そのうち忘れ去られていたんですが、海外で働く人達の心に根を張って行った。
そういったところに大沢さんの力で映画になった。
作ろうと思ってから43年かかってる。この歌のための人生だったような気がします。」



大沢さんと椅子に座りスクリーンに映し出される写真を見ながらのトークが始まります。

マサイ族の出迎えの写真
さだ「この人達は観光マサイの人で、観光客が来るとこうして迎えてくれて報酬をもらうんです。
大沢さん一緒にマジッてましたね。 職業マサイの人です」


空港の写真
さだ「空港って言ったってなんにもない。」

ライオンの写真
さだ「車の直ぐ側にいるんです。シマウマを見た時は感激しましたね。でもまたいるんです。
またシマウマだ~~!と一時間もするとまたいるんです。」


(ここでエゾシカの例のトーク(笑)


水牛の写真

さだ「これ水牛だよね。直ぐ近くにいるんです。」

車の写真
さだ「屋根が開くのでそこから写真を撮るんです。」

二人の写真
さだ「一日目の夕方です。目が疲れてるでしょ。
一日が40時間ぐらいの疲労の極地でした。」


朝焼けの写真
さだ「二人で朝見に行ったんです。綺麗でサバンナの風が吹いてた。
地球の息吹のような風が吹いてた。
僕はその時この風を知らないのに風に立つライオンというタイトルを付けたのは、やはりこの曲は神様から頂いた曲だと思いました。」


ライオンの写真
さだ「風に立ってる。ライオン基金のマークの方がかっこいいね。普通にいます。人間は襲わないそうです。
近くに直ぐいますよね。人間を食べたことがないから味を知らないから食べませんって言われたけれど怖かった。」


ハイエナの写真
さだ「牙が怖くて、友達にはなりたくないですね。」

ぞうの写真
さだ「ジープから近くにいて振り向いて威嚇されて怖かった。
大沢「ぞうは怖かったですね。」
さだ「現地の人はカバが一番怖いって言ってました。」

ライオンの赤ちゃんの写真
さだ「あくびしてる。ライオンって本当に人間食べたこと無いのかな?見てないだけじゃないの?
子供は可愛いです。」


川を回るジープの写真
さだ「この川鰐とかいるんですよ。見ました。」

コンクリートの塊の写真
さだ「コンクリートの塊にみえるでしょ。
これ国境なんです。印があるだけ。
マサイが作った。これさえなければ国境なんて関係ない。
動物の行ったり来たりしてるから国境なんて関係ない。
ぼくも何回も行ったり来たりしました。」


マサイの女性の写真
(犬が写っています)
さだ「マサイ族の村を訪ねたら歌を歌ってくれた。綺麗なハーモニーでしたね。
動物食べるのに犬飼ってる。」


大勢のマサイの女性の写真
さだ「いっぱいで迎えてくれましたね。」

長松まきさんご夫婦の写真
さだ「風に立つライオンを聞いてケニアに来て、マサイの人と結婚したんです。
旦那様は戦士です。人も殺します。
長松さんも風に立つライオン被害者の会の一人です。
大沢さんもです。
後ろが家です。牛糞で自分で作ったんです。
だから雨が降ると形が変わります。」


やじりの写真
さだ「戦士の武器です。トリカブトの毒を塗ります。」

長澤さんご夫婦とさださん大沢さんの写真
さだ「この人達携帯持っています。でも電波の通じるところへ出かけて行ってかけます。」

三池監督とさださんの写真


ドゥングを演じた少年の写真
さだ「これから撮影に入る前の写真です。目の力のある子でした。貧民街の子です。
やがて医者になり、東北へ大人になって戻ってくる。
大人のドゥングもケニア人です。
実はパイロットなんです。国境近くのロキチョキオへ物資を運んでいるんです。
奥さんが日本人でロキチョキオで看護師をしている。
映画以外でもこんなドラマもあるんです。」


監督、さださん、柴田先生、公文先生、の写真

(ずっとさださんが説明していて時々大沢さんが相槌や言葉を挟む程度です。)

さだ「「大沢さんに喋らせろ」って!!」
撮影シーンの写真
さだ「ハイ!これは大沢さん喋って下さい。」

大沢「現場に行って数日経った後の撮影です。場所はナイロビから3時間くらいかかる場所での撮影。
さださんは日本人学校などで歌ったりした後また出かけて撮影場所に行ったんです。」


さだ「シーンシーンを別にとるでしょ!シ~ンが飛んでも出来るんですね。」

大沢「役作りしてからでないと入ってはいけません。」

さだ「現地のものを食べてるシーンですが大丈夫でしたか?」

大沢「美味しかったですよ」
さだ「そう言えば大沢さんは肉食で野菜嫌いなんですよね。
野菜を食べてる牛を食べるんだから僕は野菜を食べてることになるって言ってるそうじゃないですか・・


大沢「栄養分は入ってるでしょ。僕は栄養分を食べてるんだから」

(そんな理屈あるのかな?)
さだ「平熱高い人は消化力がある。大沢くん平熱高い?」
大沢「僕野菜食べると調子が悪いんです。
野菜を食べると顔が青くなる気がするんです。」


(え~~~?でした。この話はしゃべくり7か何かで見た気がします)

さだ「野菜食べなさいよ」
大沢「ハイハイ」
さだ「そういう二つ返事はいけません

撮影合間の写真
さだ「2日ぶりに会ったけど懐かしい感じだった。
トイレとかむづかしいでしょ」

大沢「いえ、みんな戦ってるから大丈夫です。」
さだ「この時期だから良かった。数ヶ月後だったら渡航禁止になってたよ」
所長の机とベットの写真
さだ「実際こんな感じだったそうです。70年ー80年の医療道具等集めるのが困ったそうです。」

監督とさださんの写真
さだ「カメラ自慢してます。」

白衣の大沢さんとさださんの写真
さだ「ドクターらしい白いです。 こういうドクターなら見てもらいたいですね。」

ロケ地の案内板の写真
風に立つライオンのロケ地だと書いた案内板

中日新聞の記者がインタビューしている写真
さだ「現地での記者会見というのに中日新聞一人でした。
一人だけ来たんです。
他は会社から止められてる人が多い。けどそんなこと言ってたら出来ませんからって来たんです。」

(中日新聞good job)


長崎大学ケニア診療所の名前の入った写真

柴田航一郎の仕事部屋の写真
柴田先生のモノマネで
さだ「まさしさんこうですたい。こげんでしたよまさしさん。」

日本人学校校庭の写真
何もない草地にアフリカの地図を書いてある。


フラミンゴの写真
さだ「実際には沢山はいなかったね。ナクル湖には1000羽くらいでした。」
(写真終了)


さだ「では印象に残るシーンは?」
大沢「日本映画でアフリカに行って人間ドラマを撮ることが無かったので、全部が大切な子供みたいです。その中で初めて航一郎が登場するシーン、遅れて来るんです。あれものすごくかかってるんです。
荷物抱えて雑踏の中を来る。人並みをかき分けて。
あれ全部セットなんです。お店も建てて、エキストラ入れて。
台本でも1行しか無いのに、朝3~4時からずっとやるんです。ほんの一瞬のシーンなんです。
元は普通の通路に色々建てて。お店なんて買い物ができそうです


さだ「もう一つ印象的なのは焚き火のシーンあったでしょ」

大沢「ドゥングが決心するシーンですね。
何テイク撮ったか分かりませんよ。
夜通し、朝の7~7時まで10時間くらい。」
さだ「緊張感がよく持ちますね」
大沢「アフリカの人は映画なんて分からず、朝までやってくれるんです。
笑ってやってくれるんです。ピュアな気持ち、むき出しのエネルギーが出てくる。
目が本当の目が出てくる。
ドゥングの役の子も重要さが感覚で分かってくるんです。」


さだ「シーンを見てみましょう」

(医者になりたいという。クリスマスプレゼントに聴診器を渡し、拳銃を焚き火に投げ捨てるシーン)
「僕は医者になる」
「なれるよ」
「なれるわけ無いだろう」
「なれるよ、そうおもうならなれるよ」

「9人殺した。9人だ。人を殺した。オレは人殺しだ」

「お前は9人の命を奪った。 ならば   一生かけて10人の命を救うのだ。   いいな!未来はそのためにある」

(最も涙したシーンでした)

さだ「柴田先生は、執刀医だった。外科手術で切らなければならない。でも無理な時はそのまま閉じなければならない事がある。
そんな時僕だからこの人を助けられないので、他の医者だったらこの人は助けられたんじゃないかと思ってしまう。と言うんです。
でも先生に助けられた人も沢山いるでしょ。と言ったら、でも助かられなかった人も同じくらいいる。と言うんです。
それであのシーンを書いたんです。」


大沢「子供達はプロでもないのに一所懸命やってくれるんです。
も一回も一回とやっていくと、リアルな叫びになってくる。
三池さん厳しんですよ。あれは最後の撮影シーンでしたから、彼から感じることが多くなってくる。
僕らにとっても印象に残るシーンでした。

おいおい泣いてもいいシーンでしたが泣かない。」


さだ「手を回すのがリアルで、ドキュメンタリーを見たような気がするって」
大沢「手前味噌ですが、自分で心が震える作品でした。
今まで自分の映画を見ると、反省ばかりになるんですが、これは泣けてくるのをこらえるのに大変でした。」


さだ「舘野の失敗もあるし。舘野の失敗というのは、解夏の時に舘野も必死で嗚咽が出るのをこらえてこらえていたんでしょう。突然「ぶひ~~」と言っちゃったんです。」

大沢「ここで豚さんですか~!」ってみんなが笑っちゃって。」
さだ「舘野、ふざけてました。僕は自分で入り込みすぎたんです。
歌はこのためにあったのか・・・・こんなにあの歌育つとは思わなかった。
20歳の時に感動して、40数年経って人々の胸の扉を叩いたのか!!!
この映画の後ライオン基金ができて、四国支部がこんなに頑張っています。
エネルギーをくれた映画になりました。」

大沢「千鳥ヶ淵の桜、僕が自転車で見に行ってたんです。北区田端から。」
さだ「開成高校あるでしょ。」
大沢「開成高校の側に住んでいたんです。千鳥が淵が出てくるのもそんなわけで縁があったんです。」

さだ「大沢くん医者多いよね。仁先生、眉山もだけど」
大沢「不思議とお医者さんですね」
さだ「医者似合うよね。
こういうかっこいい医者がいると腹が立つ(笑)
医者は手を握るだけで感謝される。
俺たち女の手を握ったらなんだかんだ言われるけど。

お医者さんたちも大変なんです。なにかあると国境なき医師団やAMDAの方も集まって出かけて行き、また分解し。
いつ出かけなきゃいけない状況でいるのは大変なんです。
その度だけに集まるので顔が見えない。
風に立つライオンがプラットホームになってくれないか?と。
声かけて動いていつ出かけても良いような組織にしないとと思うんです。

大沢さんの映画が背中を押して下さった。

高校生アワードもやってます。
今日は高松商業高校が書道を書いてくれました。
高校には誰も褒めないけれどボランティア部というのがあって頑張ってるんです。

昨年その中で39校を褒めたんです。
一日目に発表を行い、二日目に表彰をして、ももクロや若旦那が来てくれて盛り上がったんです。
今年はさいたまスーパーアリーナでやるんです。
高校生頑張ってるんだから、一律でなく賞を付けてよと言うので、金銀銅を決めることになりました。
8月10日 色んな人が来てくれますよ。
ですから、いくらあっても足りません。
はい、大沢さんからもお願いします。

大沢「よろしくお願いします」

さだ「大沢さん今年の予定は?」
大沢「夏くらいに映画の予定があります」

さだ「では大沢さんそこに座ってますか、皆さんは大沢さんを見てて下さい。
では歌ってきます」


風に立つライオン

さだ「四国支部のライオン基金二人会沢山の方に来て頂き感謝します。
またこういう形をやるのでよろしくおねがいします。
コンサートもやりますよ。
来月は丸亀ね。


人生の中で忘れられない映画にしてくださった大沢たかおさんと高松の町で行うことが出来てありがとうございました。」





終了




こんなレアなコンサートは他では聴くことが出来ないと思います。
ギター1本。他の音は無し。
照明も変わらず。
モニターもなしで楽譜を見ての演奏。
経費をかけないという事で、今更ながらさださんのボーカリストとしての凄さが分かります。
一対一みたいに感じられて胸に伝わってきます。

精霊流しのイントロではヴァイオリンの部分をハミングされて驚き、こういうのいいなあと思いました。
勿論フルオーケストラも素晴らしいけれど、ライオン基金チャリティーならではのこういう形がさださんの基金への強い想いが伝わり、チャリティーということに自分も参加しているという想いが強くなりました。

大沢さんの映画に対する(この映画だけでなく)向い方にはやはりこの人はプロとして精進努力しているのだと分かりました。
さだまさしの原作の映画に出るからには、ちゃんとさだまさし作品を聴いた(「解夏」 「眉山」だけではなく)そうです。
その時心に残ったのが「風に立つライオン」でした。
そしてこの曲が大沢さんを動かし、小説になり、映画になり、財団設立に繋がって行ったのです。

今年も参加できて本当に嬉しかったです。
ライオン基金四国支部の皆様に感謝いたします。

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非公開コメント

涙が溢れて…

23時間57分の旅のところまで読んで、涙が溢れて続きが読めません💧💧💧
続きは改めて読むことにします。
20分短縮になりました?(笑)

感謝

レポートを拝読させて頂きながら、映画『風に立つライオン』を見たときの感動も蘇りました。
(最初のシーンから涙が出て、あんなに泣いた映画はありませんでした。)
一つの曲から基金設立に至るということ、お話しされるように神様から戴いた曲なんですね。
私も何か少しでも役に立てるように動いて行きたいと思います。

どうしてこのような詳細なレポートが書けるんだろうと思っていましたが、
ままさんの誠実な思いにも涙が出そうです。
有難うございました。

管理人返信

v-339季節はずれの薔薇さん  いらっしゃい

最後まで読めましたか?

雲仙号、20分早く長崎に着いてしまいましたね。
ミスでした。
他にも誤字脱字、変換ミスあると思いますが、それよりも早く書くことに集中してしまいました。
間違いはどんどん指摘してくださいね。
助かりますから。


v-339アカショウビンさん  いらっしゃい
8分くらいのダイジェスト版でも涙が出ました。
あのクリスマスの焚き火の側でのシーンの撮影秘話をお聞きすると、益々あのシ~ンが沁みてきますね。

なんど見ても(映画は4回みました)同じところで泣けてきます。

「頑張れ!」と叫ぶシーンも好きです。

どうして書けるんだろうの答えは 「ただひたすらメモることです」
それしかありません。
慣れれば貴女も出来ますよ。

プロフィール
さだまさしファンのオバサン日記

こういちまま

Author:こういちまま
さだまさしファンの田舎のオバサンブログです

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